見守るということ、待つということ。

◾️見守るということ、待つということ。


そとはうちでは、『見守る』『待つ』ということを大切にしています。
『見守る』『待つ』という言葉、子育てでも、保育でもよく聞きますよね。
でも、わかるようでわからなくて「実際のところどうするのがいいのだろう?」と考える時があります。

そんななかで、現時点でいま私が言葉にできることを表現してみました。


 
森や生活の中にはたくさんのきっかけが転がっています。
子どもたちはそのきっかけを拾うたんびに、驚いたり、喜んだり、困ったりします。

きっかけを拾う前とはちがう、子どもの様子になります。


保育者の役割は、自然の中のきっかけを拾い上げたこどものなかで巻き起こる変化を、わかろうとすることなのではないかと考えます。

出会った課題にその子たちがどう向き合っているか、どうしたいと思っているのか、
その子の発達段階が今どこにあるのか、
目に見える指標はありませんが、
毎日の積み重ねから推し量るのです。

ただ『放置する』のではなくて、
今その子が目の前にしているハードルはその子一人でいま向き合うべき高さなのか。

そうではなく、保育者がそっと足元を高くしてハードルをこえてみる経験をした方がいいのか。


こどもの状況や経験、年齢、発達、そのときのまわりの状況をみて『さじ加減していく』ことなのだと思います。

場当たり的にではなく、その子の長い目でみた育ちの見通しを持ちながら。

現時点で、私は、子どものなかに巻き起こってることを推し量って、保育士として自分が今できる1番いいアプローチをさぐりながら共存してることを、行為としての言葉にすると『見守り』だったり『待つ』だったりするのだと考えています。


ひさも

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